ゲームで他プレイヤーを妨害する事について

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私が小学生や中学生の頃は、(多分校則違反だったと思いますが)学校にトランプや将棋を持ち込んで
休み時間に遊ぶのは当たり前の事でしたし、高校生の頃は紙製の麻雀なんかも良くやったものですが…、
今の子供達は、はたしてどうなんでしょうか…?

私は種々の事情(苦笑)で足掛け8年大学に通いましたが、当時(今から10年以上前です)においてさえ、
人間とゲームで遊んだ事のない新入生が年々増えていく事に少なからず危機感を感じていました。
流石に将棋部に入部してくるような子はそうでもなかったですが、それ以外のサークルとなると、
大学に入学するまで麻雀どころか「七並べ」や「ババ抜き」すら人間とプレイした事がないという子が
毎年のように入ってくるのには、ショックを通り超えて恐怖に近い感情を抱いたものです。
核家族化や近所付き合いの減少もあるでしょうが、何より家庭用ゲーム機の普及がその大きな原因と思われますので、
恐らく現在では、当時より更にその傾向が強くなっているのではないかと思います。(*1)

そうした「人間とゲームをプレイした事のない」学生にゲームを教える時、彼らにほぼ共通して見られた傾向として、
「他人に意地悪(妨害)される事に慣れていない」という事が挙げられます。
少し極端な例になりますが、「七並べ」で自分の出して欲しい数字を止められただけで泣き出してしまった大学生を目撃した時には、
「彼はこの先社会に出てちゃんとやっていけるんだろうか」と老婆心ながら心配になったものです…。

少々前置きが長くなりました。
このコラムでは、ゲームにおいて他のプレイヤーに意地悪(妨害)をする事について、つらつらと書いてみたいと思います。
このサイトを見ているような方にとっては、常識以前のお話ばかりだとは思いますが…。



大前提をひとつ。
ゲームにおいて自分の勝利の為に最善をつくそうとするのは、当然の事です。
そして、(勝利の為にそれが最善ならば)ゲームで対戦相手に意地悪をするのは当たり前の事なのです。
(まあ、初心者の方にはある程度優しくしてあげるべきだとは思いますが)

例えば、将棋の初心者の方の中には、いわゆる「待ち駒」(*2)を卑怯だなどと言う人が時々いますが、
有段者でそんな事を言う人は、絶対にいませんよね。
ゲームに不慣れな方の中には、ゲーム中に相手の妨害を受けると、
この種の感情を持つ方も少なくないのですが、
ルールで認められている着手自体には、綺麗も汚いもないのです。
ゲームで実際に重要なのは、それが最善の着手かどうかであって
各々が勝利の為に最善をつくす過程で、
対戦相手の妨害をするのが最善だと思ったならば、当然そうするべきなのです。

まあ、そんな風に割り切るのは、ゲームに不慣れなうちは中々難しいものなのかも知れませんが、
ある程度以上の経験をつんだ後でも、妨害されたからと言ってやたらと感情的になるような人は、
はっきり言って人間とゲームを遊ぶのに向いていないタイプですね。

「ポリシーとして他人の妨害はしない」というプレイヤーと対戦した事があります。
勿論、ルールに違反しない着手に綺麗も汚いもないのですから、その人がそうするのを止める事は出来ませんが、
正直言って、そういうプレイヤーとゲームをプレイしても、あまり面白くはないんですよね…。
例えば「あやつり人形」の「暗殺者」や「泥棒」や「魔法使い」や「傭兵」のように、
他プレイヤーの妨害をする事がシステムに組み込まれているようなルールのゲームにおいて、
「魔法使い」を選んで、自分のカードが0枚なのに他プレイヤーのカードと交換しないとか、
(そうすべき状況でも)絶対に「暗殺者」や「泥棒」は選ばないとか、
「傭兵」を選んで他プレイヤーの建物をノーリスクで破壊できる状況になっても絶対に破壊しないと言ったプレイ(*3)は、
もはやゲームバランスを破壊する行為と言っても過言でありません。
自らの勝利の為に最善をつくそうとしていないという点においても、
ルールに則って他人の妨害をするよりも、はるかにマナーに反するプレイだと私は感じました。
まあ、これは少し極端な例ですが、実際に(特にゲームに不慣れな人の中には)
ゲームで相手を「妨害」したりされたりする事に嫌悪感を抱く方は少なくないですから、
ゲームをインストラクトする立場の人は、そうした面のケアには常に気をつけたいものです。

繰り返しますが、ゲームにおいて、そうするべき時に他人の「妨害」をするのは、
卑怯でも何でもない、全く当たり前の事なのです

では、戦術的に他人の妨害が可能な状況では、いつも積極的に「妨害」した方が得なのでしょうか?
結論から言うと、決してそんな事はありません。
実の所、特に3人以上でのプレイにおいては、仮に他のプレイヤーの妨害が容易に可能な状況だったとしても、
そうする事が戦略的に得とは言えないケースは非常に多いんです。

単純な例を挙げます。
A、B、Cの3人でゲームをプレイしていて、A君がある着手をする事で、B君を困らせる事が出来るとしましょう。
その着手がA君自身にも有効な手であれば、それを選ぶ事は大いに有力な狙いのひとつになります。
(例えば「チケットトゥライド」で、相手にとっても自分にとっても急所となる路線を先に確保する場合等)
でも、それがA君自身にとってはあまり得とは言えない、単にB君を邪魔する為「だけ」の着手である場合はどうでしょう?
妨害を受けたB君は勿論、自分自身にとって必ずしも有効といえない着手で貴重な手番を費やしたA君も損をしている訳で、
何もしていない3人目のC君が、相対的に一番得をしてしまう事になるのです。
マルチプレイゲームの基本的な損得勘定ですね。

勿論、ノーリスクで他プレイヤーを妨害できるなら、普通は行きがけの駄賃でやっておいて損はないでしょうが、
ゲームにおいて全くリスクなく他人の妨害が可能なケースは、実際の所それほど多くはありません。
多くの場合、他プレーヤーを妨害する為には、手番や何らかの対価を支払う必要が生じるからです。
先程も例に挙げた、「あやつり人形」の「傭兵」は、1コインの建物はノーリスクで破壊する事ができますが、
2コイン以上の価値の建物を破壊する為には、自分のコインを支払うと言うリスクを負わねばなりません。
これは、妨害したプレイヤーとされたプレイヤーだけが損をして、他のプレイヤーが相対的に得をする典型的なケースですね。
ですから私は、ゲーム序盤で「傭兵」を選んでも、余程の事がない限り、
コインを支払ってまで他プレイヤーの建物を壊す事はしません。

一般論として、3人以上の人数でプレイしているゲームにおいて、
手番や資金等の対価を支払ってまで、他人の妨害をする為「だけ」の手を着手するのは、
第3者に漁夫の利を与えてしまう為、戦略的にあまり得な手とはいえない場合が大変多いのです。


しかしながら、(何やら今書いた事と矛盾した事を書くようですが)それを承知でなおかつ
他人の妨害をしなければならないケースもまた、ゲームでは頻繁に生じます。
トップ目を叩く場合です。


トップ目の独走を阻む事は、殆ど全てのゲームにおいて、基本中の基本です(*4)
ここで言う「トップ目」とは、多くの場合、その時点での得点や順位で最もリードしているプレイヤーの事を指しますが、
ゲームや状況によっては、そうでないプレイヤーが最も優勝に近い体勢にある場合もある為、
しっかりとした見極めが必要です。

まっすぐに自分の目標を達成すればそれだけで優勝出来るなら、そうするのが一番良い訳ですが、
出来の良いゲーム程、そんなに単純に勝てるようにはなっていないものです。
放っておいたらトップの人がそのまま優勝してしまう状況では、当然トップ目を妨害する必要が出てきます。
2位以下のプレイヤー全員が一致団結して、トップ目のプレイヤーを妨害しなければならない場合もしばしばありますが、
一般的にはトップ目を叩くのは2着目の仕事になる場合が多いです。

放っておくとトップ目が逃げ切ってしまいそうなのに、2着目がのんびりと勝ち目のないプレイをしている状況での
3番手4番手プレイヤーは少々切ないもので、放って置けば勝ち目なし、やむなく対価を払ってトップ目を妨害しても、
何もしていない2着目が漁夫の利を得てしまうというジレンマに陥る事になります。
そういう状況でも、下位プレイヤーのやむない妨害によってトップ目から転落させられたプレイヤーが、
冷静に(妨害者でなく)新しいトップ目を叩いてくれれば、ゲームのバランスは保たれるのですが…。
「妨害」した下位プレイヤーが恨みを買って感情的に「仕返し」をされてしまうカワイソウな展開も、
ゲームでは割と見かける光景だったりします。(笑)

勿論、ゲームのプレイに一切感情を持ち込むなと言っている訳ではありません
むしろ、そういうアヤもゲームの楽しみの一つだとは思います。
理不尽な展開も笑って楽しめるのが、本当のゲームプレイヤーだと思いますから…。

とはいえ、プレイヤーがゲームをやりこんで上達してくるに従って、
適切なタイミングで適切なプレイヤーが上位者を叩いて全体のバランスを取るようになり、
緊迫した面白い展開が多くなる事は間違いないと思います。


ゲームにおいて、他のプレイヤーを「妨害」すると言う行為は、
誰かの邪魔をする為というよりも、ゲームが一方的な展開にならないように全体のバランスを取って、
なるべく多くのプレイヤーに公平にチャンスが来るような面白い展開にする為の技術だと考えれば、
「妨害」する側もされる側も、あまり嫌悪感を感じなくなるのではないでしょうか。




(*1)この予想に対しては、現在では(私が学生の頃には存在しなかった)ネットゲームが普及した為、
   私が学生だった当時より(ネットを介した形で)人間とゲームをした経験のあるプレイヤーは
   増加している可能性があるとの指摘をPON氏より頂きました。なるほど、それは確かにそうかも知れませんね。
   それが事実なら、現在はどんどん良いゲームも出てきていますし、僕が学生だった当時よりアナログゲームの
   ファンが増加する土壌は育って来ていると言えるのかも知れません。楽観的過ぎかな?

(*2)相手の玉の将来的な逃げ道に、あらかじめ待ち伏せのように駒を置いておく事。
   将棋の基本手筋(ポピュラーなテクニック)の中でも、特に初歩的なもののひとつです。
   むしろ、「待ち駒」を置かずむやみに敵玉を追いかけるのは、筋悪(センスに欠ける手)の見本とされています。

(*3)状況によっては、あえて破壊しないのが戦略上最善というケースもあるのですが…。
   (本論から脱線しますので、詳しい説明は省略します)

(*4)厳密に言えば、殆ど全ての「優勝」を目指すタイプのマルチプレイゲームの場合に限ります。
   「ごきぶりポーカー」のように、「最下位にならない事」を目指すゲームでは、自ずと考え方が違ってきますので。


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